屈原

  初詣、仕事初め、新年会、成人の日と過ぎれば、お屠蘇気分はとうに抜け普段の暮らしが繰り返される。まこと時の過ぎゆくのは早いことか。「こんな調子なら、1年はあっという間だな。学生時代のセピア色の1年は充実していたよな。夏休み、体育祭、文化祭に野外授業、クラブ活動など、どれも懐かしい思い出。それが成人式あたりを境に一気に年齢に比例して時間は加速、気が付けば、もうこの歳か…」と、年頭からため息交じりにうな垂れているのは我が秘書軍団。「光陰矢のごとし」とはよく言ったものだ。「今年こそは!」と目標を掲げ、気合いを入れた皆さんも大勢いることだろう。まさか、早くも挫けている人はいないでしょうね?

 第171回通常国会は2009年1月5日に召集された。憲政史上まれに見る早期開会だ。第二次補正予算は早々と衆議院を通過、現時点では参議院で審議中だ。程無く平成21年度予算も衆議院で並行して審議入りする模様だが、昨今の経済状況からも、早期成立が望まれる。
 正月休戦、我が主人、衛藤晟一参議院議員は、郷里・大分にじっくりと腰を落ち着けて活動した。以前にも触れたことだが、国会休会中に市井の民の声に耳を傾けるのは、国会議員として大切な仕事のひとつだ。
 国会は冒頭から、定額給付金の是非、消費税率引き上げの時期の具現化などをめぐり、与野党間は基より、与党・自民党の内部でも意見が割れた。景気対策のための財政出動にせよ、増加し続ける社会保障関連費の対応にせよ、安定財源の確保は、喫緊の課題であることは誰の目にも明らかなことだ。しかしながら国家の財政、台所は火の車。ならば税制改定、すると消費税率の引き上げの議論に、という具合になってもいたしかたのないことか。我が主人も日頃から「将来における消費税率の引き上げは避けられない」と発言している。ただし、それには前提があるようで「景気の回復時期の問題。もうひとつは行政改革の断行。無駄を省かなければ国民に納得してはもらえない」。今はお膳立てが整っていない、ということか…。

 そういえば、麻生内閣の支持率が、すこぶる低い。原因が、本人や閣僚の発言に多少の問題があったのは分らなくもない。だが、金融危機・経済危機がもたらした現在の社会情勢に加え、相次ぐ官僚の不祥事、教育現場の荒廃、一向に進展しない北朝鮮問題など国民の間の閉塞感は強まる一方で、これで、高い支持率がでるというなら、逆に、日本国民の方がおかしいことになりはしないか。
 そしてもうひとつ。与党・自民党内での不協和音に、国民がウンザリしているのではないのか。が、もともと「自民党をぶち壊す」と公言した総裁の下、結束した自民党が、前回の総選挙で、衆議院の三分の二(厳密にいえば公明党との連立)を占めたのだから、公言どおり壊れていったとしても、何の不思議がないのかもしれないが…。
 いずれ年内には総選挙が行われ、小泉改革の審判を国民が下すことになる。無論、私は主人の自民党を応援することになるのだが、今回は、かつて郵政民営化法案が参議院で否決したにも拘らず何故か衆議院を解散、その際に当選してきた議員の再選挙だけに、心中は複雑だ。

 それにしても最近、おかしなことだらけだ。格差社会を作り出した好景気は、いきなり百年に一度と言われる経済状況に豹変してしまった。環境破壊が叫ばれ、地球的危機と言われても、ただ手を拱くばかりの人間の無力さ、そしてエゴ。止まることのない民族間、宗教間の争いにテロ。自・他ともに増加する殺人、凶悪犯罪。いったい半年前の原油の高騰は何だったのだろうか。どうして米国発のサブプライム問題で、世界の皆がこんな事態に追い込まれるのだろうか。政治の果たすべき役割は、とても計り知れない。

 とはいえ、落ち込んでばかりもいられない。どんなに苦しくても明日は来るし、生きていかねばならないのだ。
 そういえば、古代の中国にこんな話があったそうだ。

 屈原という人がいた。
 彼は乱世の中、国と民を憂い、様々に力を尽くしたが、そのことを良く思わない連中に国を追われ流浪の身になった。つまり、屈原のすぐれた手腕と一徹な正義感、それとあまりに清廉潔白な生き方が周囲の反撥(はんばつ)を買ったらしい。
 志に絶望した屈原は、やがて滄浪(そうろう)という川のほとりにつく。彼は天を仰ぎ憤っていると、一人の漁師が船を寄せて近付き「どうなさいました?」と尋ねた。
 「いま世間は、すべて濁りきっている。私はこれまで、ひとり清らかに正しく生きてきた。そして、人々はいまだ皆、酒に酔いしれている有様。無念だ」と屈原は答えた。
 それを聞いた漁師は頷きながら再び屈原に聞き返した。「しかし、貴方はひとり高く己を守って生きること以外の道は、考えなかったのですか?」。屈原は断固として答えた。「潔白なこの身に、俗世の汚れを付けるくらいなら、この水に身を投じる」と。
 漁師は振り向きもしないで歌を歌いながら去っていくのだが、その歌は、次のような歌だったという。
 滄浪之水清兮
 可以濯吾纓
 滄浪之水濁兮 
 可以濯吾足
 『滄浪の水が清らかに澄んだときは 自分の冠のひもを洗えばよい もし滄浪の水が濁ったときは 自分の足を洗えばよい』
 「世の中は、ときに澄み、ときに濁る。川の流れと同じ。清らかに澄んでいないことを一人嘆き、怒っているばかりでは生きていくことはできない。幸いにも川が澄んだら自分の大切なものを洗えばよい。魂も洗えるし顔も洗える。そして濁ったら怒り、悲しむ必要はない。足元を見るがいい。いつの間にか汚れが付いているだろう。例えこういった水でもその足を洗うには十分だ。貴方は、自分の体のどの一部も、塵一つ付いていない玉のような清らかな存在だと思っているのかな」という意味らしい。

 やがて屈原は、投身して死ぬことになる。

 皆さんは屈原の生き方、漁師の歌を聴いて、何を考えるだろうか。

羊頭狗肉

謹賀新年 A Happy New Year 新年好
 2009年が始まった。新春を迎え、いかがお過ごしだろうか。
 平成21年は、先行き不透明な経済状況に加え、総選挙が控える激動の年だ。そんな中でも、どうかひとつ、変わらずのご支援をお願いする。
 今回は新春の第一弾。てことで、改めて我が東京事務所のスタッフを紹介させていただく。

 まずはじめは、我が主人、衛藤晟一参議院議員。通称「せいちゃん」。九州男児らしく激しい気性を持ちながらも半面、義理、人情に厚く涙もろい一面を見せる。その魅力は、何といっても「人間臭さ」。その性格が災いして時々、時間にル―ズな面を見せるのだが、その点は本人も深く反省しているようだ。秘書団によれば「厳しく、優しい『おやじ』」であると同時に、「信念を貫く」生きざまは、胸を張って誇りに思える親分なのだ。

 次に秘書団を紹介。一番手は我が相棒のG秘書から。彼は主人の日程を管理しているほか連日、随行を務め1年365日のほとんどを主人と共に過す。そのタフさは、ラグビーで鍛えた体力のなせる業か。「弾よけ」には、お似合いのタイプだ。自宅にベンツを所有する事務所でただ一人のセレブ。「車が趣味なのかな?」と、かつてはハーレーに跨っていたというナイスガイだ。勿論、独身。

 F秘書は、我が事務所唯一の女性秘書。G秘書と共に主人の日程を管理するほか、雑務はそのほとんどが彼女に任されているといっても過言ではない。広範囲な守備力が売り物。放浪癖の多い秘書団の中、いつも事務所入り口に「でん」と構え、専守防衛に徹する姿は、「事務所の女房」という表現がピッタリだ。「今年は、俳句でも始めてみようかしら」。

 事務所ナンバーワンのラージサイズと言えばS秘書しかいない。その割には小回りが利き、出張回数は事務所随一。彼は昨年、一回り以上も若い女性のハートを射止め現在、日本の少子化に歯止めをかけるべく連日連夜奮闘中だ。ゴルフを愛し、そのドライバーの飛距離もさることながら、少々ダフってもターフごと持って行ってしまうアイアンショットは、人間離れした腕力の賜物。一番大切なのは「家庭」、なんちやって、それは、女房のことでしよう。

 K秘書はブログ初登場だ。彼はかつて大臣秘書官を経験した兵。事務所では主に環衛、福祉分野の政策を担当している。3人の子供の良きパパで、家族をこよなく愛する。毎晩遅くなると愛娘から「パパ! 何時に帰ってくるの?」と携帯電話がかかる。すると一目散に帰路に就く、何とも優しい男なのだ。もっとも、愛娘に電話をかけさせているのは、どうやら奥さんらしいのだが…。

 続いても初登場のN秘書。彼は昨年、某国立大学大学院を卒業して入所してきたルーキーだ。一見真面目そうに見えるのだが、実のところはいまだ正体不明で、2年目の今年は真価が問われることになる。いまは主に「使いっ走り」が仕事。何事も下積み時代が大切だ。郷里の生んだ吉田松陰を心から崇拝しているそうで、「その生きざまは、まさしく英雄そのものじゃあないですか」。

 キャプテン、M秘書は、事務所きっての「親中派」。中国歴史小説の愛読者だ。彼の尊敬する人物は三国時代、赤壁の戦いで魏の曹操を破った呉の大都督、名将、周瑜公瑾。「レッドクリフ」は公開初日から数日間、通い続けたそうで、その感想は「林志玲は、本当に美しい女性だよな」。いったい何に感動したのか、怪しいコメントだ。

 そしてトリを務めるのが私、こと「アルファード」号。すでに皆さま承知のとおり、私には名前がない。
 以上、主人ほか6人1車両のスタッフで、今年も頑張っていく所存だ。

 さて、今年は「丑」年。話はころっと変わるが、「羊頭狗肉」という言葉をご存じか。ヒツジの頭を看板に出して、実際はイヌの肉を売る―ということから、見かけは立派でも、内容が伴わない譬えに使われる言葉だが、もとは、「牛首馬肉」だったそうだ。
 春秋時代、斉の霊公は禁令に従わない国民を見て嘆き「我が威令を回復せよ」と命じた。
 これに対し臣下の一人が「君はこれを内にお許しになり、外に禁じておられます。そのことを譬えてみますと、牛首を門にかけ実は中で馬肉を売っているようなものです」と諫言を呈し、まずは後宮での粛正を諭した。
 その後瞬く間にこの禁令は、国内で遵守されるようになったのだが、のちに牛が羊に、馬が狗に代わって伝えられたそうだ。

 なるほど。よし!  今年は「羊頭羊肉」、いや「牛首牛肉」でがんばるぞ!!