強い気持ち

   参議院会館にいらした方はご存じだろうか。正面玄関入り口を真っ直ぐに進み、十三段の階段を上ると右側に鍵預室がある。その右手にある白板には「拾得物件公告」の文字。いわゆる「落し物」、「忘れ物」を告知する掲示板が立っている。

  眼鏡、マフラー、手帳など、「なるほど、いかにも忘れそうだな」という品物に交じり、時には奇想天外な品物の名が現れる。その中で「入れ歯」なる物は、不思議な気持ちにさせてくれるが、昼食後に歯磨きをして、その後装着を忘れた(そんなことあるのかな?)持ち主(議員か秘書だろうな)がいたとしても、さほど驚くには値しないか。しかし、入れ歯には、当然ながら持ち主の氏名が書いてあるはずはないのだから、当局は持ち主が名乗り出てくるのをじっくりと待つしか手立てはないし、なんたって仮に忘れた人(落としたのかもしれないが)だって「それ、私のです」なんて、名乗り出るのは、さぞかし恥ずかしい思いをするんだろうな。
 そんな中、一番の変わりだねは、やっぱり「そうめん」だろうな。いったいどういう状態の「そうめん」が落ちていたのか(忘れたのかもしれないが)、まさか茹で上がって汁まで付いて落ちていた(忘れたのかもしれない)訳はないだろうけど。
落としたり、忘れたり、当事者にしてみれば、悔しくて後悔することもあるだろう。

  後悔と言えば、志を胸に抱きながら、やり残してしまった時ほど、辛いことはない。ああしておけば良かった、こうしておけば良かった、と言ったところで後の祭り。それが嫌なら、最後まで諦めずに歩き続けるしかない。
  我が主人、衛藤晟一参議院議員の青雲の志は「憲法改正」。国政をめざした原点はそこにあったそうだ。しかしながら、現実は苦難の連続、何てったって選挙に弱い(これは秘書にも責任がある)んだからいたしかたない。
  昭和61年の初挑戦は惜敗。平成2年、同5年と連続当選するも、初めて行われた小選挙区比例代表並立制施行の同8年総選挙では苦杯をなめ(重複の比例で復活)、同12年の選挙ではついに落選。同15年に返り咲く(残念ながら、このときも比例で復活)が、同17年の郵政選挙では離党も重なり無念の敗戦。その後、同19年の参議院選挙で復党、当選して現在に至っている。復活当選をあえて敗戦に数えれば3勝5敗の成績だ。
  それでも、現在現職を続けていられる理由は、皆さま方からいただくご支援の賜物であることは言うまでもないことだが、挫折してもめげなかった主人の強い気持ちにもある。時に親しい支援者からは別路線への転換(サラリーマンへというのではなく、国政以外の選択)を勧められたこともあったそうだが主人は「自分のことを真剣に考えていただき有り難いことですが、自分にはまだ国政でやり残したことがあります」と答えたそうな。そのひとつに「憲法の改正」があったことは、疑うことのない事実だろう。

  自民党政権下でも困難だったその憲法改正は、民主党政権の誕生で益々至難のこととなりつつある。鳩山由紀夫総理も以前は改憲派だったように思うのだが、最近はなにやらあやしいコメントを続出させ、ましてや社民党との連立政権下では、如何ともしがたい。果たして主人の政治生命がある中で、我が国は自主憲法の制定を成し遂げることができるのだろうか。

月給袋

  ある文豪によれば、月給まるごと女房に預けて、小遣いをもらっているようでは男といえないそうだ。
 「月給袋から自分が要るだけ取って、残りをやりゃあいいんだよ。女房には、おれはこれだけ要るんだからと、あとはこれだけでやれと。でも、それは結婚したその日からやらなきゃだめなんだ。もう結婚して半年もたってからやろうったって、女はきくものじゃないよ。でも、男はその金をね、おれはこれだけ要るんだからって競馬やったりね、博奕(ばくち)に狂ったりさ、あるいは女に狂ったり酒に酔ったりしたら、これじゃあしょうがない」。
 至極正論に思うけれども、現代の草食化した男どもに、果たしてこんな話が通じるのだろうか?

 戦国時代、前田利家という有名な武将は、鎧櫃(よろいびつ)の中にいつでも算盤をいれて戦争に行っていたそうな。それは戦争の費用を計算するのは基より、兵力の差とか、兵隊の食料、それに兵員の数との関係とか全部、算盤ではじいていたというのだ。昔の武士というのはすべて算盤。金勘定たるものは武士の基本だったらしい。

 今の時代、給料はほとんどが銀行振り込みになっちまったから、封を切らずに奥さんへなんて、見かけなくなった光景だが、振り返ればこのことが男の権威を失わせる発端になったのかもしれない。ちなみに我が主人、衛藤晟一参議院議員の場合は、九州男児らしからぬ「女房にお任せ」派(M秘書の証言)。公務をはじめ事務所の運営などで多忙なため家庭の運営は勘定奉行(夫人)に一任ということなのだろう。だからといって、どこかの議員のように事務所の経営にも無関心、というわけには行かない。我が事務所の内情は、見た目通り、火の車。主人自ら先頭に立って消火活動に励まなければ、ローン(任期)を残して母屋は全焼してしまう。まして、主人の義父母からの「子ども手当て」の支給なぞは、とても望めそうもない。まぁ、そりゃあそうだ。健康でいていただくだけで十分。主人は自分で決めた道を、自分で歩いているのだから。

 こんな話をしていると、月額1.500万円、年間で1億8.000万円もの大金を数年間頂いておきながら、親子間でまったく会話に上らなかったなどという一国の首相の国会での答弁は、あまりに国民をなめきった話に思えてくる。「知らなかった」という答弁が、もしも嘘であるならば、あろうことか国民の前でそれを天地神明に誓ってしまったんだから、それこそ神をも恐れない不届き者になるんだろうし、仮に事実であったとしたら、こんな異常な政治家が国家財政の切り盛りをしているなんて、神はお許しになるのだろうか。
平成の脱税王と国会の不動産王が、詐欺のようなマニフェストを振りかざして跳梁跋扈する今の政治状況は、いったいいつまで続くというのだろうか。