どうかしてるぜ! にっぽん

   アフリカ大陸で初めて開催されているサッカーW杯南アフリカ大会に日本中が沸きたつ中、第174回通常国会は、見るも無残に閉会を迎え、重要法案の大部分が審議未了に、政治とカネの問題はひた隠しに、沖縄・米軍普天間飛行場移設問題は何ら進展もないままに、不履行ばかりのマニフェストは言い訳ばかりに終始して、さらには新たに発覚した事務所費関連のキャミソール事件、痴漢行為と言った一連のスキャンダルを道連れにして、選挙至上主義の民主党、菅直人総理は、国会論戦から逃げ去ってしまったのであります。そのままやり過ごした自民党を含む野党の不甲斐無さもさることながら、衆議院の圧倒的多数を傘に強引に押しまくった民主党の国会運営を見ると、民主主義の限界すら感じてしまった人もさぞや多かったことでしょうね。

 それにしてもW杯を見て、つくづくサッカーは世界のスポーツだと再確認した。会場を埋め尽くす色鮮やかな国旗、代表選手としての誇りを胸に肩を組み、会場のサポーターと一体となって歌う国家、勝利に向けて繰り広げられる身体を張った数々のプレー、そのプレーの一つひとつに一喜一憂する国民の汗と涙。どの試合を見ても、その激しさはW杯ならではの光景だ。
 「私の忠誠心にかけて、必ず勝利してみせる」と言ったのは今大会のアルゼンチン代表の監督、ディエゴ・マラドーナ。また、日本代表前監督のイビチャ・オシムは、今大会のダークホースにスロベニアを挙げ「高さとスピード」を理由に、最後にこう付け加えた。「彼らは真の愛国心を持った選手たちだから」。こんなコメントを聴くと表現はあまり良くないが、やはりW杯はルールのある戦争なんだなと痛感する。それくらいの覚悟と気構えで戦わなければとても世界の中で勝ち抜くことはできないんだろう。
 我が日本代表も予想外の健闘を見せ、勝利の美酒に酔いしれている。でも実力以上のひいきの引き倒しはやめた方がいいよな。マスコミに煽られるとすぐにその気になってしまうのは、我が国の国民性かも。どうかしてるぜ、日本は。冷静に見れば世界の壁はまだまだ厚いんだよ。「楽しんで試合をしたい」なんてコメントする選手がいる現状では、先は見えたようなもの。それでもいつの日にか歴史を積み重ねて、栄冠を勝ちとる時が来ればいいな。その時を信じて、応援し続けようっと。につぽん、ガンバレ!

 一方、サッカーと比べる筋合いのものではないんだけど、今日の我が国の置かれている政治状況と国民感覚はちょっとばかり寂しいとは思いませんか。
 普天間を含む安全保障問題がそうでしよう。そもそも一連の議論の中で根幹の部分が欠落してはいませんか、と指摘するのは我が主人、衛藤晟一参議院議員。
 「まず独立国家の基本は自主防衛でしよう。その上で同盟国との協調が必要になる。しかしこの国の政治家と国民は不思議と自主防衛の議論を避けながら、日米安保を大切にして米国に守られ、それでいて本土にある米軍基地の撤去を求める。リチャード・アーミテージ元米国務副長官は理解できないって言っていたけど、そう思われても仕方ない」。
 日米共同宣言を踏襲しながら沖縄の基地負担を軽減するというのは、どうしたらできるのか。自分たちの都合さえよければという訳ではないにしろ、確かに、どうかしてるぜ! 日本の安全保障は。

 さる6月13日、有楽町で街頭演説に立つた安倍晋三衆議院議員は、演説の中でこんな内容に触れていた。
 「民主党の菅総理は、国旗、国歌制定法に反対をした。さらには北朝鮮の日本人拉致犯・辛光洙の釈放要望書に署名をした人です。米国やほかの普通の国では、こんな経歴のある人が、国のトップに立つ大統領や、首相になることが許されるでしょうか」
 同感だ。W杯の応援で日の丸を掲げ、君が代を歌う我が国民を、いったい菅総理はどんな気持ちで見ているんだろうか。それよりも、何よりも、国家を国家とも思わず、まして同朋の仇を北朝鮮に渡してしまった売国奴ともいえる内閣に、6割近い指示を与える国民を、どう理解したらいいのかな。全く持ってどうかしてるぜ! 日本人は。

 そもそもガソリン税の廃止、月額2万6千円の子ども手当、高速道路の無料化など詐欺まがいの民主党のばら撒きマニフェストは実質、8か月で破綻しちゃいました。来る参議院選挙のマニフェストは、一変して現実的な路線に改められ、挙句の果てには税制改革を謳い、菅総理自ら消費税率まで言及した念の入れようになっちゃいました。
 でもよく考えて見てよ。予算の見直し、組み替え、無駄を省けば20兆円ぐらいの財源は十分確保できると吹き捲ったのはいったいどこの政党でしたっけ? 国会議員の定数を減らすんじゃあなかったの? 公務員の給与を2割カットする約束はどうしちゃったの? 増税なんて言っている場合じゃあないでしょう。こんな公約で4年間国民を誑かすと誓ったんだから、今更のマニフェストの見直しは、公約違反の2乗になりやしませんか? それでも垂れ流し的なことしか報道しない大手マスコミには、ウンザリするしかないんだけど、それにしても4割近い国民が来る参議院選挙で民主党に投票するという巷の予想は、私に搭載されているカーナビでは、とても解読不能です。どうかしてるぜ! 本当に、日本国と日本人は。こう締めくくるしかありませんです。ハイ。

代償と覚悟

 先日、我が主人、衛藤晟一参議院議員が執筆した、ちょっとした回顧録を読んで、往時の懐かしい情景がふっと脳裏に蘇った。
 平成6年、自社さ連立政権下、2期生で党の社会部会長に抜擢された主人は、来るべき少子高齢社会に備え社会保障の基盤を確立するため、新ゴールドプラン、エンゼルプラン、障害者プランの作成に全力を傾注していた。そこで問題になったのが財源。年間7千億円の新たな財源を創出することは至難の業。それでも不退転で臨む主人は、辞表を懐に、当時の政務調査会長、加藤紘一先生に直訴した。
 「最低いくらだ」と加藤会長。
 「どうしても7千億円が必要です」。
 「そんなこと言ったって…」。
 「しかし、現実に数字を出せばこういうことになります。これができないのなら、2期生の私なんか部会長にすることはないのです。今すぐ辞表を出しますから代えてください」。
 これには加藤会長も熟慮したあげく、暫くして「分かった」。
 しかし、それでも主人は「政治家の分かったという言葉は、全く信用できません。分かったという言葉は『あなたの言うことを一応理解した』ということで、それは『そうする』と言うこととは別の意味です。分かったというだけでは駄目です。この数値でいいですね」。
 「………」。
 加藤先生にとって我が主人は、さぞかし「しゃあしい」(大分の方言で『うるさい』の意)存在だったことだろう。

 主人にはこういった頑なな一面がある。そういえば自身に国民年金の未加入期間があったことを知った平成16年は、その責任を痛感し直ちに衆議院厚生労働委員長の辞任を申し出た。審議中の法案の調整に問題があり党国対からは翻意されたのだが、法案可決を機会にさっさと辞めてしまった(当時の議員には議員年金があり、国民年金に加入すると二重取りになってしまう変な制度だったように思う。むしろ国民年金に加入していないことの方が正しいようにも思えるが)。
 平成17年の郵政改革法でもしかり。民営化そのものには賛成し、一方で健全な郵便事業の継続性等法案の一部修正を求めたのだが、小泉純一郎総理(当時)には聞き入れてもらえず、それならば、と筋を通して厚生労働副大臣を辞職(罷免)、離党して国民の審判を仰いだ(それにしても今回の政府提出郵政関連法は酷い。トップの天下りは無論、民業圧迫、財投復活が見え隠れし、これこそがごく一部の団体の利益を優先させる、まさに時代に逆行するものだ)。
 あえて、こんな内容の話をさせていただいたのには理由がある。決して主人を卑下したり、或いは弁解や自慢話の類で記したのではない。主人に限らず国民の負託を受ける国会議員は常時、勇気を持った決断が必要であり、自身の言動、行動には責任が伴うもので、当然結果的な代償を覚悟しなければならないと思うからだ。

 鳩山由紀夫総理が5月決着を約束した沖縄・米軍普天間飛行場の移設問題は、大方の予想どおり、かつての自民党案同様移転先を「辺野古崎周辺」と明記することで日米の共同声明を発表するに至った。「連立与党、地元、米軍すべてに納得していただく案にしたい」、「最低でも県外」、「腹案がある」など、国民が期待した総理の重い発言は、机上の空論に帰した。その結果が社民党の連立離脱、また「政治とカネ」の問題も相まって総理自身、さらには小沢一郎幹事長の辞職に繋がっていくことになった。

 民主党は、菅直人新総理が誕生して、来るべき参議院選挙に向け、クリーンにイメチェンしたことを際立たせることだろう。
 しかし、よくよく考えてほしい。「政治とカネ」など疑惑だらけのツートップを擁護し続け、権力にひれ伏していたのは一体誰なのか。普天間問題を真剣に考えた閣僚、議員は、民主党の中に本当にいたのだろうか。国民生活第一と言いながら、履行できない政権公約をかかげ、予算のバラマキに執着した民主党議員は、いったい何を見て政治を行ってきたのか。都合が悪くなれば二人だけに責任をなすりつけて、自分たちの不作為をごまかすふざけた議員を断じて許してはいけない。政治家不信がここまで極まったのは民主党の体質、民主党議員すべての責任だ。ここは解散総選挙で、是非国民に信を問うてほしい。