戦いの美学②

 ●いま一番著名な日本人アスリートといえば、もちろんマリナーズのイチローだろう。今年は10年連続の200本安打を達成した。いまさら彼の成績をここで述べるまでもないことだが、いつも淡々とプレーを続け、決して派手なパフォーマンスを好まない彼の真摯な姿勢は、我が主人、衛藤晟一参議院議員をして「日本の至宝」と言わしめる。並の選手が投手の失投を打つのに対し彼は、「その投手の最も得意としている球種、コースを狙って打つ」、内野安打すら「狙って打つ」と言う。物事の発想からして異次元で凡人とはまるで違う。「走攻守」備えもったまさに近代野球の申子だ。天才は時に努力家を失望させる―というが、この言葉ほど当てはまる人物はほかにいまい。彼の存在で、自信をなくした選手も数多いことだろう。
 ●世界で一番民族意識が高揚する競技といえば、もちろんサッカーだ。サポーターが過熱して、ついには国家間の戦争にまで発展したこともあったと聞く。W杯の参加国(予選を含む)は、五輪すら凌ぐらしい。そういえば、ザッケローニ新監督が就任して明らかに日本のサッカーが変わってきた。アルゼンチン、韓国と2戦の親善試合は、相変わらずの得点欠乏症に陥っているが、チームとしての戦う姿勢、何をしようとしているかが、見ている方に伝わってくるのは、明らかに選手の意識が変わっている証拠だ。それは何か。きっと「縦への攻撃」が多く見られた点だ。ゴールを目指す攻撃の基本は、前へ、前へ。その展開のスパイスに横、後、裏の使い分けが出てくる。今までの日本のサッカーは、パス、パスで繋いでもなかなかゴールへ進まない歯がゆいものだった。しかし、このチームは違う。全員が守備から前がかりの姿勢を見せている。この姿勢を繰り返すことで、必ずスペースが出来てくるはずだ。前向きな気持ちが一番大切なことは、どの世界でも言えることで、我が自民党も見習わなければいけないナ。そんなシンプル過ぎることを短時間に選手に悟らせるザック監督は、やはり流石と言うしかない。
 ●昭和30年前後に生まれた方に、一番好きなロックミュージシャンはと問えば、もちろん「矢沢永吉」という答えが返ってくるはずだ。今も活躍中の彼が、我が主人と同世代(主人は昭和22年生まれ、矢沢は24年生まれ)と考えると、なんか変な気持ちになる(?)。今でこそ彼をテレビ画面で見かけることは珍しくないのだが、かつては決してテレビに出ないカリスマを誇っていた。そんな彼が奇跡的にテレビ出演、それもNHKのインタビューを受けたのは何時だったかナ~(たぶん30年は昔のことだと思うが)。内容だけはしっかり覚えている。
「事を成そうとする時、例えば2つの望みを達成しようとすれば、2つの敵や障害が現れる。それを覚悟することだ。それが嫌なら望みを持たないこと。そうすれば敵も、障害もないんだから」
 確かに永ちゃんの人生はそんな生き方だよナ。戦う覚悟があってこそ、永ちゃんはメジャーになったんだ。
 ●第176回臨時国会が始まった。菅直人総理が所信表明で「今国会の最大の課題は経済対策のための補正予算の成立」と明言したものの、いまだその補正予算案が提出されない異常事態のなか、始まった衆参予算委員会。「総花的に行くしかないよな」と言いながら、今国会から参議院予算委員会の筆頭理事に就任した我が主人は早速質問に立ち「尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件」で論戦の火ぶたを切った。(質問骨子は連合後援会報10月号に掲載)
 それにしても国会というのは議論を戦わせる場ではないのか、目を疑うような政府答弁が相次いでいる。時に強弁、或いは誹謗に恫喝。そもそも、院内での写真撮影やら、新聞記事の引用質問やら、まして「柳腰」発言など一連の答弁は「訂正すればそれですむことでしょう。質問者もそれ以上突っ込めば、揚げ足取りになることだと分かっているんだから。それを言い訳に終始する姿勢は何とも理解できないな」と、我が主人もいぶかしむ。
 なかでも、恫喝だけはいけないよナ。国会に召致した参考人(官僚)を、政府の公務員改革を批判したからと言って脅かしてどうするの。チンピラじゃあないんだから。学生運動ではそういうふうにしてきたんでしょうが、いまは弁護士免許を持った立派な内閣の司令塔でしょう。戦う姿勢は認めるけど、強引な縦パス一本じゃあ能がないし、ありゃあそもそもオフサイドですよ、先生。

愛馬「みずき」

  東京競馬場の第四コーナーを回り最後の直線を向いても、我が愛馬「みずき」は快調に疾走を続ける。坂を登り切り残りあと200㍍、誰の目にも勝利が確信出来たその時、一頭の馬が大きく斜行して「みずき」に衝突してきた。怯む「みずき」。赤い帽子をかぶったジョッキーの騎乗するその外国馬は、「みずき」と鼻面を合わせてゴール板を駆け抜けた。
 当然「審議」の青ランプが点灯した。「みずき」の走った走路は規則どおり何の問題もない。一方、赤い帽子の外国馬は、故意ともいえる斜行で衝突したのは明らか。馬は失格、ジョッキーには騎乗停止の判定が下るのは時間の問題と思えた。
 しかし、その割には審議の時間が長い。どうやら外国人ジョッキーがクレームを付けているようだ。「俺の馬はまっすぐ走っていたし、そもそも日本の競走規則で判定されるのはおかしい。我が国は米国に次ぐ世界第2位の競馬大国なんだから」と、北京語で訳の分からない理屈をほざいている。普段のレースなら流されるはずの「パトロールビデオ」も、何故か流されず、会場はざわめき、苛立つファンの罵声が大きくなってきた。
 すると確定の赤ランプと共に、経過を説明する場内放送が流れた。
 「最後の直線走路で、第1位で到達した外国馬が故意に『みずき』に衝突したのは、ビデオで明らかになりました。ただ『みずき』の負傷は直ちに競争能力に支障を与えるものではないし、計画性は認められません。被疑馬には我が国での前科はないし、外国馬の馬券を購入している皆さまや、今後の世界第2位の競馬大国とのお付き合いを考慮して外国馬は処分保留とし、外国馬1着、『みずき』2着で決定いたします」。
 騒然とするファンを尻目に、Vサインで勝利者インタビューに答える外国人ジョッキー。「これは当然の結果だ。賞金は基より、衝突の損害賠償、審議の名誉棄損も併せて検討してくれ」などと、さらなる北京語で、どこまでも厚かましい。
 それとどうしたことだ。審判団に目を向けたら衝撃の光景が飛び込んできた。何とスッカラ・カン審議委員長は薄笑いを浮かべながら「粛々と」「冷静に」などと呟いているではないか。
 そんなバカな、日本の競馬ってこんなものだったっけ、きっとこれは悪い夢なんだ…。

 思い切り馬券を叩きつけたところで夢から覚めた。いやな夢だったな~と思ったが、現実の世界での日中関係はさらに屈辱的で理不尽だ。
 一連の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件は、政治的判断で(政府は那覇地検の独自判断と説明しているが、そんな戯言を信じている関係者、政治家、国民は、ひとりもいない)中国人船長は処分保留、釈放、帰国で幕引きが図られた。出来事の経過、詳細は省くが、まったく持って中国に舐められたもんだし、日本政府ほどプライドに欠け、情けなく、意気地無しはいない。同じ日本人(車)として恥ずかしい。

 「この件には大きく3点の問題がある。まず船長の釈放を決定した那覇地検の判断だ。地検はあくまでも法と証拠に基づいて対処するべきもので、外交的理由で判断したことに問題が残る。そして、地検の判断にすべての責任を被せている政府の姿勢。政治介入がなかったなどとは誰ひとり信じるわけがない。政治的介入があったのなら、はっきりと認めた上で説明責任を果たすべきだ。そして何よりも問題なのが、暴挙に屈した我が国の弱腰の姿勢が世界に発信されてしまったことだ。これで我が国は信頼と国益を大きく失ったことだろう。事実関係を改めてはっきりとした上で、総理は基より、法務大臣、外務大臣、内閣官房長官は責任をとり辞任すべきだ。今国会で政府を徹底的に追及してゆく」とは、今国会から参議院予算委員会筆頭理事に就任した我が主人、衛藤晟一参議院議員のコメント。

 それにしても第二次菅内閣ほど滅茶苦茶な布陣はない。
 全共闘、革マルなど学生運動で名を馳せた面々が党幹部に陣どり、トップに立つ方は、拉致事件の実行犯釈放に加担した市民運動家、国家国旗法に反対した人が国益を代表する外相に、さらには国外での反日運動に参加した女性が国家公安委員長に就任している。こんな内閣には愛国心どころか、国益を守る姿勢など期待する方がばかばかしい。
 こうなったら、現政府などへたに当てにしないことだ。今こそ日本人は覚悟と勇気が試されている。物事にはメリットもあればリスクもある。中国経済に依存する実情は、リスクを覚悟しなければ到底成り立たないものだ。なぜなら中国、北朝鮮などの国には、日本の正義、倫理など、まったく通用しないからだ。だからこそ我々は毅然とした態度で挑み、堂々と国益を主張しなければならない。土下座と談合、有愛だけの外交で世界平和が達成できるなんて、お伽の国の物語だけだ。