国会議員の朝は早い。

 
 国会議員の朝は早い。
 自民党所属議員の政策勉強会「政務調査会」は、13の部会に100余りの小委員会、さらに80を超える調査会、特別委員会で形成され、例外を除けば、毎週火~金曜日の遅くても午前8時から始まる。そのため通常、国会議員は金曜日に帰郷し、火曜日に上京する。俗に国会議員の日程を「金帰火来」(きんきからい)という所以はここにある。

 我が主人、衛藤晟一参議院議員は、麹町議員宿舎に寄宿している。衆議院議員時代は高輪宿舎だったそうだから、それに比べれば永田町の自民党本部には、ぐんと近距離になったといえる。出発20分前には相棒のG秘書(事務所にはS秘書と表記しなければならない秘書が3人いるので、中堅の彼をGと表記しておく)がスタンバイし、キーを差し込んだ瞬間から私の一日は始まる。

 「東京には季節感がないっち」。以前、郷里大分の支援者をお乗せしたときにそう言われたことがあるが、どうして、どうして。視線を車窓に転じれば殺風景な景色の中にも春には桜、夏には灼熱の太陽に照らされた数少ない緑がコンクリートジャングルの中に垣間見えて、季節の移り変わりをはっきりと読み取ることができる。

 第169回通常国会は、6月21日に幕を閉じた。その後の焦点は内閣改造ということになったのだが、マスコミ報道が過熱する中、人事の目玉は13人の新閣僚に加え、やはり麻生太郎先生の幹事長就任になったようだ。次期総裁を狙う(?)麻生先生がここで幹事長を引きうけられた真意は? 主人は「挙党体制ということじゃないの」と言葉少なに説明してくれたが、「そういえば、『諸葛孔明』(中央文庫)に、『乱世に戦いは常なれど、降るも一つの道なり。無益な血を流さず、何より遺恨を生まずに済む。それが次の英雄を生む踏み台になることもある』とか書いてあったよな」とM秘書は独りごつ。真実は麻生先生にしか分からないようだ。

 話はぐっと変わるが、衛藤事務所でランチタイムをとるのは至難の業らしい。その理由は主人のスケジュールに起因する。主人の日程は主に我が相棒のG秘書とF秘書(東京事務所唯一の女性)によって組まれているが、殺人的日程をこなすには、昼食は基より昼休みなどもってのほか-ということらしい。過去に「このままでは、過労死になるのでは」と心配したG秘書が気を利かして控え目なスケジュールを作成したところ「これは何だ!私はこんなに暇ではない!」といたく叱られたそうで、それ以来、それを恨みに思った訳ではないだろうが、情け容赦のないものに再生されたと聞く。そのため、それに合わせる秘書団は、当然のように昼食時間をとるのが難しくなった。「カップラーメンを食そうと思いお湯を注いだところ議員が事務所に入室。ああだ、こうだ、と言ううちにタイムオーバー。いざ食べようとしたらカップ焼きそばになっていた」(М秘書回顧録)なんて話もあり武勇伝には事欠かないらしい。

 そうなると当然、食いっぱぐれる戦死者が続出する訳で、事務所では随分と健康には気を付けようとしているらしいが、何故か体格の良い(主人も例外ではなく)個体が揃っていることか(郷里大分事務所の秘書も同様)、衛藤事務所の七不思議のひとつに数えられているそうだ。ラージサイズ筆頭のS秘書に言わせると「それはストレス太りです」ということになるらしいが、そういえば彼は、選挙の終わるたびに衰弱する同僚を尻目に洋服のサイズを上げているという。
 
 さて、7,8月、国会は夏休み。私の活躍の場は減少した。主人は大半が出張で、この時期に市井の声に耳を傾け、民意をしっかり確かめるのは国会議員にとって大切な仕事のひとつだ。盆は大分に帰郷し、ばっちり初盆回り(地方議員にとっては恒例行事)に汗を流し、兵庫、高知、京都、福岡各県で「社会保障制度」関連の講演をこなした後、さらに熊本、大阪、岐阜県の支援者を歴訪し、北海道に飛んで施設をぐるっと一周して福祉現場の最前線を視察、研鑽を積んで来たらしい。

 いよいよ9月からは臨時国会が始まる。①経済対策としての補正予算の編成②テロ対策特別法案の延長③消費者庁の設置-等が主要なテーマになりそうだが、政局は波乱で解散含み。夏が終わってもまだまだ「熱い日」は続きそうだ。