鳴かず飛ばず

 先日、ふと、新聞のコラムに目が留まった。
 「前文略▼小欄も最近、ちまちました国会議員が増殖しているとは感じているが、政治家個人や選挙制度のせいだけにするのは、フェアではなかろう。財界人にしろ文化人にしろ昔の方がスケールの大きい人が多かった▼原因はさまざまあろうが、個性的な人物が現れてもちょっとしたミスやスキャンダルを起こせば、辞めるまでたたき続けるメディアの習性も『一億小人物化』に拍車をかけている気がする。これでは、出る杭も出なくなる▼今さら記者会見での醜態を取り消すことはできないが、中川氏(※中川昭一前財務・金融担当大臣)は外国にはっきりとモノを言える数少ない政治家だ。55歳で隠居するのはまだまだ早い。大酒飲みが改心する落語の『芝浜』ではないが、今日からきっぱり断酒して、一議員として国民のためにしっかり働いてほしい。」(産経新聞「産経抄」)
 まさに叱咤激励とは、こういう文章を言うのだろう。

 いまやあらゆる権力の中、マスコミほど国民に大きな影響を与えているものはない。我が主人、衛藤晟一参議院議員を見てもしかり。新聞、テレビ等で取り上げていただく度に、各方面からさまざまな反響が寄せられ、その効果たるや、とても一講演会をこなした程度とは比べものにならない。主人は、全国区選出の議員のため、日本全土の有権者に人柄から政策までを広く知っていただく必要があり、その面では誠に有り難い存在だ。
 さらに、マクロ的視点からも、国民に政治をより身近に感じ、詳細に知ってもらうため、報道の果たすべき役割は限りなく重大だ。
 だからこそ報道は、真実を公平、公正に伝えてもらわなくては困る。そうでなくては信じることができない。前回も触れたことだが政治同様、報道もまた国民との信頼関係がなければ成り立たない。
 では、国民は本当に報道を信じているのだろうか。

 昨年12月に実施したあるネット調査(ニコ割アンケート)によると、約8万人からの回答で「麻生内閣に対する報道姿勢に疑問を感じる」と答えた人が8割にも上ったそうな。さらに内閣支持率は32.8%(同調査)で、同時期の大手A新聞の14%とはかなりの違いが見られた。
 もちろんネット調査は、サイト自体の特徴や特殊性、回答者に偏りがあることはいがめない。だが、RDD方式(CPを利用した電話調査方式)を基本に調査している大手報道機関のサンプルは、多くてもせいぜい2000程度。この数字で年齢、性別、職業、地域、生活環境の違いを考慮して、どこまで正確な数字が出せるのか。調査時間、設問の文体ひとつで異なった数字が浮かび上がっても何ら不思議ではないように思うのだが…。一度改めて秘書団に、統計学でも教えてもらおうか。
 さらに、この調査を受けて「報道とメディアを考える会」が実施した街頭調査(東京、神奈川、大阪、富山で123人に個別面談)によれば、「ネット調査で8割の人が麻生内閣の報道に疑問があると答えているが、あなたはどう思うか?」という問いに、55.3%の人が「揚げ足取りの報道が多すぎる」と回答したそうだ。
 参考までに、回答をいくつか紹介すると…、
 「マスコミは悪いことばかりピックアップして、いいところは出さない。安倍政権のときも法案に触れず叩いてばかりだ」(20代、男性)
 「麻生さんの悪いところばかりをかいつまんで放送している感じ。政権変えたい(意図でつくっている)のかなーと」(20代、会社員)
 「本質的に関係ないことをスキャンダラスにつっこんでいる。本質的なことを伝えてくれたらいい」(38歳、会社員)
 最近のテレビ報道では、さまざまな職業の方がキャスターやコメンテーターとして活躍されている。政治は国民全てのもの。まして民主主義の国家なら誰が政治を論評しようと自由だ。
 ただ、是非とも、安っぽい正義感や偏った感情に流されない真実を、公正、公平に伝えていただきたいと願うのは、一部の声に過ぎないだろうか。

 僭越ながら今回は、締めくくりに麻生ファンを自称する一車両として、発足以来マスコミの集中砲火を浴び「鳴かず飛ばず」の麻生内閣に応援のエールをひと言。

 「鳴かず飛ばず」といえば、やや愚弄気味な意味合いで解釈される場合が多いようだが、本来は極め付きの励ましの言葉だ。
 西周時代、遊びほうけて斉の国を荒廃させた威王に対し、長老はこう言った。
 「我が王宮には大きな鳥がいるが、もう3年も鳴いたことも飛んだこともない。どんな鳥だろう」と。
 この一言ですべてを悟った威王は、「一度飛べば天まで昇ろう。一度鳴けば人の心をうつであろう」と返し、自国を瞬く間に立て直したそうだ。つまり、この言葉は、実力のない人に投げかける言葉ではない。

 麻生総理! 日本国のため、頑張ってください!!