分からないこと PartⅡ

  私こと、我が主人、衛藤晟一参議院議員の愛車「アルファード」号が語る最近の、よく分からないことPartⅡ。

●閣内や党内での意見の不一致とは何か。
 日本郵政の人事や議員の世襲の是非をめぐり、閣内や党内から様々な意見が聞こえてくる。どちらにも、それなりの正義があるのだから意見の対立はあってしかるべきではないのか。「自民党は、それだから自由な党なんだ」と主人。中国共産党や朝鮮労働党じゃああるまいし、報道は、麻生総理、総裁の下、一糸乱れず右へ倣えが望ましいと思っているのかしらん。自主憲法の制定(なんせ結党以来の党是でしよう)、安全保障、教育など国の根幹をなす政策は議論を尽くしたうえで、挙党一致で臨んでほしいものだが、枝葉の事柄については、多様な意見があってもいいでしように。主人いわく「戦後の民主主義は、コンセンサスを得るのに十分な時間が必要なんだ」。

●プラズマと液晶は、どう違うのか。
 薄型大画面テレビの販売が好調らしい。そのディスプレイに使用されているプラズマと液晶とは、どういった技術なのか。調べてみると、プラズマの原理は画素のひとつずつが発光して映像を映すのに対し、液晶はバックライトによって映像を映す。特徴としてプラズマは、明るい映像と広い視野角で残像が少なく美しい映像が楽しめる。一方液晶は、常に明るく自然で清らかな映像を楽しむことが出来るのだそうだ。お分かりいただけましたか? ところで、どちらのほうがより見やすいのか。この種の分野では事務所の第一人者、我が相棒のG秘書によれば「開発当初はプラズマが先行していましたが、いまは液晶のほうに人気があるかもしれません」。ちなみに事務所内のテレビは、主人の自宅と同様に液晶だ。

●国会議員の定数削減と減給について。
 ご意見は様々ございましよう。そもそも何を基準にして多い、少ない、高い、安いと論ずるのか。「国民が苦労をしている経済状況のなか、国会議員自らが血を流し、痛みを分かち合うべきだ」という意見は至極ごもっともで、主人をはじめすべての議員はやぶさかではありますまい。しかしそれだけでは済まない。将来を展望し夢のある指針を国民に示すこと、明日を語ることこそ政治家に求められる大切な使命だ。そのために政治家は国民に信頼される人間でなければならない。定数、歳費を含め、もう一度選ぶ方法と、国民の選び方も考え直す時期に来ていると思う。

●最近のテレビ番組が、つまらないのはなぜか。
 味覚の分からない芸能人が、うん蓄を述べる料理番組や、身内だけが笑えるような十把一絡げのお笑いタレントを集めたバラエティー番組、人気歌手を使い視聴率だけを稼ぐ連続ドラマ、極め付きは芸能人の結婚、離婚、ゴシップと同列で政治を報道するワイドショー、ニュース番組。いくら制作費の関係といっても、国民がこんなテレビを見たいと思いますか?

●保守と革新は、どう違うのか。
 このことに関しては一度、政治学者に教えを請いたい。ある辞書によれば、保守とは「現状を保ち、考え方、習慣などを根本から変えようとしない態度」とあり、革新は「古くからの制度、慣習、考え方などを改め新しくすること」とある。一般的に自民党は保守政党、野党は革新政党(中道という言葉は最近あまり聞かないが)といわれるが、憲法改正はどちらのジャンルに入るのか。「戦後のどっぷり浸かった体制を打破し、歴史認識を再考、伝統、文化を継承し、日本らしさを見直す」という主人は、いったい保守なのか、革新なのだろうか。

●大分県と宮崎県の会合場所は、どこが至便か。
 九州で隣接した県でありながら、交通の便は最悪だ。唯一の鉄道、JR日豊本線はいまだこの区間、単線。東九州自動車道は、都会人の身勝手な理屈で、予算確保に一苦労あったが、どうやら見通しは立った。しかし、現在は途中までしか開通していないので、当分は一般道路に頼るわけだが、山間か海岸線を走る道の選択しかなく、車酔いしない方でもビニール袋の携帯をお勧めするありさまだ。こうなると一番の近道は、実は東京(羽田空港のロビー)で会うことだ―なんていう話、まんざら冗談には思えない。

●CPやロボットは正義の味方か、悪の手先か。
 ターミネーターを見てしまうと、よく分からなくなる。いつの日にか高度な機械文明が訪れ、人類は消滅してしまうのかな。少し古い話だが欧米では、キートン、チヤップリンなどは機械文明の恐怖を予言していたのに対し、我が国の鉄腕アトム、鉄人28号はあくまで正義の味方だった。やはり「良いも、悪いもリモコン次第」ということなのか。

●消費税率の話はタブーなのか。
 選挙を控えて増税の話など出来ない。が、主人は「厳しい財政事情と将来を見据えれば、消費税率を含む税制の抜本的改革は、避けて通れない。景気の浮揚、行政改革など考慮すべき事項はあるものの、さりとて税制の議論を棚上げにしてよい理由にはなるまい」。

●臓器移植法について。
 このブログを読まれているころには衆議院で法案の採決が行われているかもしれない。スペースの関係でA~Dの4案を紹介できないが、どうか臓器移植を望まれる皆さんが、絶望しない結果になることを祈るしかない。一車両の私には、人間の死生観、宗教観など述べるすべを持たない。脳死が人の死なのかどうなのか分かりもしない。ただひとつだけ聞いてみたいのが、B,C,D案、あるいは廃案になった場合、海外での移植に生きる一筋の望みを託さざるを得ないレシピエントに、日本はどういう考えの国だと説明すればいいのだろうか。海外での移植を希望して、家族や友人が展開する懸命な支援活動を日ごろから美談として報道しているマスコミの皆さん、ここが世論を喚起する最高の出番ではないのですか。

●神田須田町の「まつや」は、なぜ繁盛するのか。
 某雑誌によれば、東京屈指の蕎麦屋で、あの池波正太郎が絶賛した店、と紹介されている。江戸時代の蕎麦屋の雰囲気を醸し出す店構え、手打ち手切りの二八蕎麦は確かに歴史を感じさせる。我が秘書軍団有志の会「池波正太郎先生の足跡を訪ねる会」(会長・M秘書、会員・若干名)の第三回定例会は先ごろ実施され、参加者は江戸の味を満喫したらしい。(余談だが、一回目は日本橋「たいめいけん」、二回目は赤坂「花むら」。次回は浅草「前川」か、神田「万惣」を計画中らしい)常時込み合い、合い席が当たり前の店内だが、その接客と人情は、さすが池波先生が愛した店だけのことはある。とくに、最後の一枚として店内に掲示してあった池波先生自筆絵画展のポスターを、わざわざ剥がして頂いてまでも頂戴したM秘書は感激もひとしおの様子で、もちろん、大切な家宝にしたらしい。