代償と覚悟

 先日、我が主人、衛藤晟一参議院議員が執筆した、ちょっとした回顧録を読んで、往時の懐かしい情景がふっと脳裏に蘇った。
 平成6年、自社さ連立政権下、2期生で党の社会部会長に抜擢された主人は、来るべき少子高齢社会に備え社会保障の基盤を確立するため、新ゴールドプラン、エンゼルプラン、障害者プランの作成に全力を傾注していた。そこで問題になったのが財源。年間7千億円の新たな財源を創出することは至難の業。それでも不退転で臨む主人は、辞表を懐に、当時の政務調査会長、加藤紘一先生に直訴した。
 「最低いくらだ」と加藤会長。
 「どうしても7千億円が必要です」。
 「そんなこと言ったって…」。
 「しかし、現実に数字を出せばこういうことになります。これができないのなら、2期生の私なんか部会長にすることはないのです。今すぐ辞表を出しますから代えてください」。
 これには加藤会長も熟慮したあげく、暫くして「分かった」。
 しかし、それでも主人は「政治家の分かったという言葉は、全く信用できません。分かったという言葉は『あなたの言うことを一応理解した』ということで、それは『そうする』と言うこととは別の意味です。分かったというだけでは駄目です。この数値でいいですね」。
 「………」。
 加藤先生にとって我が主人は、さぞかし「しゃあしい」(大分の方言で『うるさい』の意)存在だったことだろう。

 主人にはこういった頑なな一面がある。そういえば自身に国民年金の未加入期間があったことを知った平成16年は、その責任を痛感し直ちに衆議院厚生労働委員長の辞任を申し出た。審議中の法案の調整に問題があり党国対からは翻意されたのだが、法案可決を機会にさっさと辞めてしまった(当時の議員には議員年金があり、国民年金に加入すると二重取りになってしまう変な制度だったように思う。むしろ国民年金に加入していないことの方が正しいようにも思えるが)。
 平成17年の郵政改革法でもしかり。民営化そのものには賛成し、一方で健全な郵便事業の継続性等法案の一部修正を求めたのだが、小泉純一郎総理(当時)には聞き入れてもらえず、それならば、と筋を通して厚生労働副大臣を辞職(罷免)、離党して国民の審判を仰いだ(それにしても今回の政府提出郵政関連法は酷い。トップの天下りは無論、民業圧迫、財投復活が見え隠れし、これこそがごく一部の団体の利益を優先させる、まさに時代に逆行するものだ)。
 あえて、こんな内容の話をさせていただいたのには理由がある。決して主人を卑下したり、或いは弁解や自慢話の類で記したのではない。主人に限らず国民の負託を受ける国会議員は常時、勇気を持った決断が必要であり、自身の言動、行動には責任が伴うもので、当然結果的な代償を覚悟しなければならないと思うからだ。

 鳩山由紀夫総理が5月決着を約束した沖縄・米軍普天間飛行場の移設問題は、大方の予想どおり、かつての自民党案同様移転先を「辺野古崎周辺」と明記することで日米の共同声明を発表するに至った。「連立与党、地元、米軍すべてに納得していただく案にしたい」、「最低でも県外」、「腹案がある」など、国民が期待した総理の重い発言は、机上の空論に帰した。その結果が社民党の連立離脱、また「政治とカネ」の問題も相まって総理自身、さらには小沢一郎幹事長の辞職に繋がっていくことになった。

 民主党は、菅直人新総理が誕生して、来るべき参議院選挙に向け、クリーンにイメチェンしたことを際立たせることだろう。
 しかし、よくよく考えてほしい。「政治とカネ」など疑惑だらけのツートップを擁護し続け、権力にひれ伏していたのは一体誰なのか。普天間問題を真剣に考えた閣僚、議員は、民主党の中に本当にいたのだろうか。国民生活第一と言いながら、履行できない政権公約をかかげ、予算のバラマキに執着した民主党議員は、いったい何を見て政治を行ってきたのか。都合が悪くなれば二人だけに責任をなすりつけて、自分たちの不作為をごまかすふざけた議員を断じて許してはいけない。政治家不信がここまで極まったのは民主党の体質、民主党議員すべての責任だ。ここは解散総選挙で、是非国民に信を問うてほしい。