美しい国

     第22回参議院議員選挙が終了した。結果は皆さますでにご承知の事と思う。支援していただいた心ある有権者の皆さまのお陰で与党を過半数割れに追い込むことができた。それ自体は素直に評価していいとは思うのだが、あくまでも政権党を目指すのが国民政党たる我が自民党の使命。まして全国比例で伸び悩んだ結果を見れば、まだまだ国民の皆さまからの自民党への信頼を取り戻したとは言い難い。今後の政局を含め我が主人、衛藤晟一参議院議員の選挙戦回顧録は、次回に譲ることとする。

 それにしても選挙後の議席数の予想を、連日のように報道した一連のマスコミには、何となく釈然としないものが残ったのは私だけだろうか。
 特に公示後も、報道された世論調査だかトレンド調査だか分からない代物の、内閣支持率や政党支持率等の数字は、明らかに有権者の投票行動に大きな影響を与えたことだろう。
 また、その数字が近年は、各社の調査方法が発達して、ほぼ正確な値をはじき出すだけになおさら厄介だ。多くの有権者は、マスコミの報道でしか各政党の公約の差異、候補者の実像を知るすべがないのだから、改めて、マスコミの報道姿勢が大切なことになるんだろう。そのことを踏まえれば、数字の持つ魔力は無論、勉強不足の芸能人や、お笑いタレント、能書きだけ一流な学識経験者を登場させるコメントや選挙報道等には、大きな疑問を感じてしまう。

 一部にこんな報道があった。 
「民主党が過半数実現で政権交代完成 国民生活が第一の政治が本当に始まる もう一度民主党へ投票を」(7月1日付)
 「決断を迫られる選挙民 今この国の有能政治家は全員民主党に結集している 多士済々の民主党に投票しよう」(7月5日付)
 「テレビ討論で見た各党の魅力 民主党の選挙有利が圧倒的印象」(7月7日付)
 この明らかに投票を誘導しているとしか思えない文言の数々は、某タブロイド版夕刊紙の一面トップに使われた大見出しだ。断わっておくがこの報道は政党の機関紙ではなく一般紙というから驚く。この見出しならば、あえて報道内容には触れなくてもおおよそ察しが付くことだろう。この新聞は、その評判や信頼性は別として、少なくとも公の場で販売されているものだ。私は反民主党の立場から憤慨しているのではない。この大見出しがマスコミの言う「言論の自由」というものなら、公示後の選挙期間中にまで垂れ流すこんな報道姿勢こそ、安っぽい正義感を振りかざした我が国最大の権力の暴挙と思うからだ。
 いったいこの国の良識や文化は、何時からこんなになってしまったんだろうか。(この報道が日本の文化とは大げさかもしれないが)

 江戸東京博物館の竹内誠館長は、ある雑誌で日本の文化についてこう述べている。
 「幕末に日本を訪れたドイツ人医師のシーボルトは『シーボルト日記』で文久元年(1861)江戸の盛り場にある小間物の無人販売所の様子を見て次のように書き残している。
 <売り子はいない。客はなんでも好きなだけ手にとり、お金を足元にある小さな引き出しの中に入れる。世界でもっとも人口の多い都市の一つがこうである! この商売は貧しい家族、貧しい人を支えるために、すべての町人たちとの信頼関係により成り立っている。>
 江戸で暮らす人にとっては当たり前のことだったのだろうが、商品や金が盗まれないことが、シーボルトには驚きだった。
 また、明治十年(1877)に来日したアメリカの動物学者モースは、川開きで混雑している船頭たちの振る舞いに感激している。
 <この大混雑の中でさえ、不機嫌な言葉を発するものは一人もなく只『アリガトウ』『アリガトウ』或いは『ゴメンナサイ』だけであった。かくの如き優雅と温情の教訓! >(『日本その日その日』)
 最後に新聞記者であり紀行作家だったアメリカのシッドモアが書き残している明治二十年前後の向島での花見の様子を紹介したい。このころの大半の人たちは江戸時代生まれだった。
 <おちょうしとひょうたんを手に持ったり、片手を伸ばして、花見の群衆に向かって演説をぶつ。全員が生まれつきの俳優、弁士、パントマイム役者なのだ。しかし、こんなに酔っぱらいながらも、表現するのは喜悦と親愛の情だけである。いさかいや乱暴な振る舞いはない。野蛮な言葉も聞かれない。>(『日本・人力車旅情』)
 これらの文章からは、江戸の人々が持っていた伸びやかさと『共助』の精神が読み取れる。いつのころからか、日本人はこの精神を失いつつあるような気がしてならない。」

 そう言えばかつて我が同志、安倍晋三先生が総理の時「改革を貫き、美しい国へ」というコピーを使っていらした。私はこの言葉がとても気に入っていたのだが、心ない支援者からは「美しさで飯が食っていけるか。経済対策が第一だ。美しい国なんて、なんになる」といったお小言を頂戴したことをふっと思い出した。