祖国を愛する心

 「『あんた、なかなかいい人そうじゃあないか。どうして政治みたいな汚い厄介な世界に首を突っ込みたいのかね? 』。こういう質問には慣れていた。数年前、初めてシカゴにやってきて低賃金の人たちが住む地域で仕事を始めた時にも、同じような質問を投げかけられたから。これは政治家だけでなく、公職そのものへの市民の皮肉だった。たくさんの約束が破られた結果、生まれた皮肉だ。こういう質問にわたしは笑顔でうなずき、こんなふうに答えた。『疑念はごもっともですが、政治にはもっと美徳があるはずです。建国の時代から自由民権運動の栄光にいたる美徳が。わたしたちは運命共同体でわたしたちを拘束させるものは引き離すより素晴らしいという簡潔な概念があり、その考えが正しいと信じて行動すれば、全ての問題が解決できるとは言わないまでも、必ず意味のあることが成し遂げられるという概念が、政治にはあったはずです』と」
 第44代合衆国大統領に就任するバラク・オバマはその著書「合衆国再生」で、こう綴っている。

 政治家になるには青雲の志が必要だ。政党や国家観、主義主張、または宗教観や理想などそれぞれの価値観や方向性に違いがあっても、祖国や国民を愛する心に変わりはないはずで、そうでなければとても志など立てられるものではない。
 我が主人衛藤晟一参議院議員もその一人だ。主人は学生運動の渦中に身を投じ、全共闘と戦い学園を正常化することに青春の日々を送ったのだが、そのことが将来、政治家を目指す大きなきっかけになった。25歳で大分市議会議員に初当選。その後県議会議員にステップアップし、ついに夢の国政を目指すことになる。主人は「地盤、看板、鞄」を持たない至って普通の人だった。それゆえ国政での道は挫折の連続になる。昭和61年の衆議院選挙初陣は敢無く撃沈。捲土重来を期した平成2年の選挙で初当選するが、四期目を目指した平成12年にはまたしても敗戦。平成15年に再び返り咲くも、待ち構えていた郵政選挙で惜敗を喫し三度落選した際には、自民党すら離党する羽目になってしまった。この時が主人の政治生命にとっては正に一番の窮地であったかもしれない。しかし、そんなときでも主人は、決して志を捨てなかった。そして多くの皆さまからの温かい支援を糧に三度目の返り咲きを果たし、参議院議員として復活した。

 そんな主人が心に秘める不屈の魂、それは「祖国を愛する心」に尽きる。
 こんな話があったと、いつかM秘書から聞いたことがある。郵政民営化法案の衆議院採決を控えた前日の深夜、主人はM秘書を呼び出した。事前に安倍晋三官房副長官(当時)から「小泉総理は不退転の決意だ。反対すれば最悪の結果を招く」と忠告されていたにも拘らず主人はM秘書にこう問うたという。「なあ、国会議員っていうのは何に対して忠誠を誓うのだろうか? 」。M秘書は答えあぐねた。暫くして主人は静かに呟いたという。「総裁や、政党じゃあないよな。やはり国民だよな」。今でもM秘書はそのときの主人の表情を忘れることが出来ないという。

 さて、総選挙の時期がハッキリしない。世界経済、外交などいくつかの要因はあるようだが、えてして過去の歴史からも、大軍同士の戦いは持久戦の展開に持ち込まれることが多いようだ。三国時代、あの五丈原の戦いでも劉備の遺志を受け継いだ諸葛孔明に対し、魏の威信をかけた司馬仲達の大軍は、見合ったまま容易に干戈を交えなかった。それは互に「勝つこと」よりも「負けないこと」に終始したからにほかならず、その図式は今の自民、民主にも当て嵌まることのようだ。つまり今回は、自民党も民主党も、互に川を背に向かい合って布陣した「背水の陣」なのだ。

 漢の将軍、韓信に、こんな話がある。
 韓信が趙の大軍と戦った時のこと。趙軍は井陘口という峡道に堅固な砦を構え、韓信としては平地に誘い出して戦わなければ勝ちみがない。そこで韓信は軽騎二千を山陰に埋伏させ、「私は打って出て趙軍に戦いを挑む。敵は我の寡勢なるを見て必ず誘い出される。私は偽り負けて逃げる。すると砦中の兵は総出で追いかけるだろう。その方共は疾駆して砦に入れ」と命じ、残り全軍を率いて進んだ。井陘口の前面には泜水という川があった。韓信はその岸に、川を背にして布陣した。趙軍はこれを望見し、「こんな陣法は狂気の沙汰」と嘲笑したという。
 程無く両軍は接触、激戦が続き、作戦どおり韓信は一旦退いた。しかし寡兵の韓信軍は逃げ場がなく死に物狂いで戦い、実力以上の激戦に持ち込んだ。追いかけた趙軍が動揺した処に砦を落とした支隊が挟撃して、趙軍を殲滅した。
 祝宴の席で部下の将校が韓信に「孫子の兵法には、山や丘は後ろ、または右側に、川や沢は前または左側にせよとあり、川を背にせよとはありません」と問うた。それに対し韓信は「兵法に、これを死地に陥れてしかる後に生かし、これを亡地に置いてしかる後に存せしむとある」と答えたという。これが「背水の陣」の謂れのようだ。

 いずれ、決戦の火蓋は切られ、国民からの審判を仰ぐことになる。どちらに軍配が上がるのか? 勿論私は主人の属する自民党の勝利を信じているが、大切なことは国家、国民のために、この国のあり方をしっかり明示してくれることだ。政党の利益より国益、国民生活優先は当然のことだ。
 あのオバマもこう言っている。
 「わたしは頭のなかに思い描く。理想主義と現実主義のバランスをとって歩み寄れることと歩み寄れないことの区別をつけ、ときには相手側の主張も認められるくらい成熟した政府を国民が待っているところを。人々のなかに、左派と右派の主張の違い、保守派とリベラル派の違い、独断的考えと良識の区別、責任と無責任の区別、長続きするものとつかのまのものの区別がついているとは限らない。彼らは蚊帳の外から、共和党と民主党が自分たちに追いつくときをまっているのである」