天網恢恢 疎にして漏らさず

 「天網恢恢 疎にして漏らさず」。
天の網は広大で目が粗いようだが、悪人は漏らさずこれを捕まえる。つまり悪いことをすれば必ず天罰が下るという意味だ。
 いまだ記憶に新しい山口県光市で起きた母子殺害事件。さる4月の差し戻し控訴審後の会見で被害者の家族、本村洋さんは、この言葉を引用されたと聞いた。長期化する審議の中で、時として挫けそうになった気持ちを支えてくれたのは、同僚であり友人であったそうだが、心の中にはこの言葉を秘めていたそうだ。
 被告の元少年の「極刑」を求め抜いた彼の行動には、様々な意見が寄せられたのだが、その家族を愛して止まない純粋な心、日本の刑法の判断に一石を投じた真摯な姿勢は、多くの国民に感動を与え、改めて命の尊さを痛感させた。

 それにしても凶悪な犯罪は後を絶たないものだ。先日も元厚生労働事務次官連続襲撃事件が起きた。容疑者は程無く逮捕されたのだが、犯行動機や供述に不可解な点が多く、何とも遣る瀬無い。ご冥福をお祈りするとともに、早期の真相解明が待たれる。
 刺殺された山口剛彦さんは事務次官在職時、我が主人、衛藤晟一参議院議員が衆議院議員時代に党社会部会長として、共に厚生行政に携わった関係で、親しくさせていただいた仲だ。そんなこともあって事件を知った主人は力なく「何て事だ」と吐き捨てた後、繰り返し報道するテレビ画面を見つめるのが精一杯だったようだ。

 ところで、主人は国会議員になって以来、もっぱら厚生労働畑を歩んで来た。それは幼少の頃から戦傷者の父親に連れられてボランティア活動に携わっていたことも理由のひとつに挙げられるのだが、真に決心したきっかけは、ある小さな会合で出会った母親との会話からだった。25歳の若き市議会議員だった主人に、その母親は知的障害児を抱えてこう言ったそうだ。「お陰様で、今はこの子と暮らしていますが、将来は-。私たち親は歳をとりやがて亡くなります。そのあとに残されたこの子達はどうやって生きていったらいいのでしょうか。先生、教えてください!」。涙を一杯にためた母親の訴えに、主人は返す言葉を失ってしまった。
 それ以来、主人は厚生労働行政に傾注、「弱い人に光のあたる政治」を目標に政治活動を続けてきた。衆議院議員時代から厚生労働委員会に所属、筆頭理事を務め、衆院厚生労働委員長、厚生労働副大臣を歴任。党務でも政調社会部会長(2回)、同厚生労働部会長、同障害者特別委員長など、業界風に表現すると、立派な「厚生労働族」の一人に数えられるようになった。
 「族議員」という表現には、一般的に良いイメージがない。しかし、国会議員もスーパーマンではないのですべての行政分野や立法をオールマイティーに対応できる訳はなく、必然的に得意、不得意の分野が生じてくることになる。例えば、俗に「ゆりかごから墓場まで」と言われるほど国民生活の広範囲に影響を及ぼす厚生労働省一つに限っても現在、本庁内部局、社会保険庁本庁合わせて3.319人の職員を数える。この官僚に対し、わずか5、6人のスタッフで政策立案を挑む主人は容易なことではない。とてもではないが片手間にできる仕事ではないことがお分かりいただけよう。つまり、ある一定の分野を深く勉強することが「族議員」というのならば、私は主人が「族議員」として大成することを願う一人、いや一車両だ。
 ただし、「族」に纏わりつくイメージとして、政官の癒着、政官民の利権の構造など、負の部分があるのも事実だ。凶悪な犯罪がなくならないのと同じように「癒着」、「利権」といった密室の悪事も途絶えることがない。

 悪事を暴く、いや未然に防ぐ方法はないものだろうか? 
 M秘書は、宮城谷昌光の小説の一文を取り出してこんな話をしてくれた。

 「四知」という逸話があるそうだ。
 後漢時代、楊震という人物が太守に赴任するためある邑(まち)に泊まった時のこと。王密というかつて楊震に推挙されて出世した人物が夜中に面会に訪れ、その時の恩返しにと黄金を取り出し楊震にすすめたという。楊震は暫くしてから口を開き「故人、君を知る。君、故人を知らざるは何ぞや」。私は君という人間を認めて推挙したのに、君は私がどういう人間か分かってくれないのはどうしたことか-と言ったのである。王密は「深夜で二人きりです。気付く人はいません」と返した。すると楊震は表情に厳色をくわえ、こう言ったそうだ。
 「天知る。地知る。我知る。子知る。たれも知らないとどうして謂えるのか」。どんな密事でも天が知り、地が知り、当事者が知っている。それが悪事であれば、露見しないことがあろうか。
 これが「四知」だ。

 故人は、流石だ。でも、こんな心で溢れかえる世の中を望むのは、もはや無理なのかもしれない。