政策より、まずは国家観

 先日、支援者からご両親の介護に関する相談を受けた。要介護5で認知症の父親と要介護3で車椅子の母親を40代の夫婦が小学生の子供2人を育てながら介護しているそうだ。「ここまで頑張ってきたけれど女房の苦労ももはや限界。このままでは家庭が崩壊してしまう。施設を探しているのですが私の収入では高額なところはとても無理。市に問い合わせて近隣を中心に探していますが、良くて向こう数年待ちと言われてしまいました。どうすればいいでしょうか」。友人の声は暗い。
 
 介護の基本は家族だ。しかしそれには限界がある。介護のために家族が崩壊してしまっては、それこそ意味がないからだ。そこで地域や社会がともに助け合うことが必要になる。つまり地域の中に溶け込んだ施設が、家族の負担を軽減させ、地域社会のなかで家族が核となって介護生活を送れるようにする、これが理想だ。だが現実は難しい。施設や介護従事者の絶対数不足は財源の問題か、それとも一向に進まぬ対応は行政の無作為によるものなのか、どちらにも原因があるのだろうが、その場に自分自身が直面しなくてはすべて他人事のように素知らぬふりをする国民が多いことも、悲しいかな今の日本の福祉の現実なのかもしれない。

 さて、民主党の代表選挙に一言。報道によれば、政策の争点は①大震災の復興②財源を含めた増税の可否③崩壊したマニフェストの対応④大連立の是非―といったところらしいが、ちょっと待った、政策以前の問題があるでしよう。当面立候補が取りざたされている5~7人の候補者の誰に次期総理の器に値する人物がいますか。
 まず世論調査で常に上位のM先生は国交大臣時代に、尖閣、ダム、日航の諸問題で大風呂敷を広げたまま、すべて尻切れトンボで終わらしてしまった方。挙句に外国人からの献金を自ら認めて自爆したのは皆さんご承知のとおり。ほかにも大臣在任中に問責決議を可決された先生や、泣くことで何を訴えたいのかさっぱり分からない先生も問題だが、それより何より、みんな菅総理に不満を持ちながら保身を貫き、裏で陰口を叩いていた方ばかりじゃあないですか。そんな先生らが手を挙げて「私なら出来ます」なんて言っても首をかしげたくなるのは、私だけでしょうか。

 野田佳彦財務大臣の「わが政権構想」(文藝春秋9月号)を、オヤジ(衛藤晟一参議院議員)と一緒に拝読させていただきました。正直、ガッカリした。オヤジも「まるで財務省の課長が書いた文章のようだな…」とポツリ。野田先生には日頃から「民主党の中でも数少ない保守の理論をお持ちの先生」と期待していただけにオヤジの落胆も大きかったようだ。
  「財政、エネルギー、日米外交などの政策は分かった。だが、一番知りたかったのは、日本をどういう国にしたいのですか―ということ。国民の大多数は『国民生活が第一』という民主党の甘く耳触りの良い言葉に騙されたことをすでに気付いている。民主党には基本的に国家、国民という概念が欠けている。ただ個人へバラ撒くだけの政権公約、さらには外国人からの違法献金や極左団体への異常な資金援助等これら売国奴ともいえる行為に代表されるように、実はこれらは決して菅直人個人の問題ではなく、民主党その本質に問題があると思わざるを得ない。つまり民主党はこの国を破壊することだけが目的、そう思われてもいた仕方ない政党じゃあなかろうか。政権公約が破綻したいま、本来なら解散総選挙で国民に信を問うのが正論だろうが、残念ながら私たち野党にはその権限がない。ならば最低でもこの代表選で、民主党の国家観を国民の前に明らかにしてほしい」